社長の想い

社長の想い(13回目)

社長の想い(13回目)

社長の想いは13回目に成りました。
新年明けましておめでとうございます。

 昨年の暮れから山形にも雪が降らず漸く1月の中旬から雪が毎日降って冬景色になりました。トーホーの業績はお蔭様で順調に伸びており、私はゆっくりした正月を過ごしました。社員に対して年頭の挨拶(皆さんの努力がトーホーの運を引き寄せて今期も5期連続の増益増収を達成出来ると思います。来期は更トーホーの自力を上げて6期連続の増収増益にチャレンジしたい事等)を書いたりしました。昨年行った色々な社内の事を見直しておりました。各地においての労働条件も違い、山形の企業は未だ土曜が完全な休日で無い所が多く、トーホーの山形本社の年間休日が短くなっていましたので、今期より東京・大阪支店と同じ勤務時間と休日に就業規則を見直しました。トーホーの環境事業は増えており常勤している方は49名になっています。10年以上勤務している方は17名(五十嵐会長と私を含んで)に成っていると気付きました。残る32名の方は3年前から新卒社員(今年4月に2名予定)を採用したのが4名で、28名の方は10年前からの中途採用(今年は3名予定)された社員になっています。今までのトーホーの状況は平成9年4月決算(省電力事業部(主)・産機事業部)の売上高27億円が最高になり、平成17年4月決算が底でした。その後努力して平成28年4月決算は4年連続の増収増益に成って来ています。トーホーの底(厳しい状況)を知らない今の社員は32名に成っていました。社員にもトーホーの創業から行って来た事と今迄頑張ってきた考え方を「社長の想い」で伝えたいと思っています。1回目の社長の想い(平成26年1月6日)では、私は何度失敗してもその都度立ち上がっており、今後の会社と社員の成長を促せる事と状況を含めて定期的にホームページに載せたいと述べましたが、お蔭様で「社長の想い」を載せてからの会社は順調に成長を続けております。

トーホーの沿革(創業から平成9年まで)
 五十嵐前社長(現会長)のトーホーの業務は砕石・建設機械販売を行っていました。私が38年前に入社しましたが、私が入る2年前に五十嵐会長は東京事務所(秋葉原・2名)を開設(ロッドミル営業・販売)しておりました。五十嵐会長は山形に居て東京事務所にアンテナを持っていました。私が入社してから電気代を安くする会社を見てくれと会長に言われ、姫路(光伸テクニカル)に行ったのが省電力事業のスタートでした。トランスにコンデンサーを入れて容量を小さくするシステムで、狙いは基本料金の電気代金の削減でした。山形に戻ってこのシステムは素晴らしいので遣りたいと五十嵐会長の了解得て省電力事業を始めました。最初の案件は東北砕石東根工場で導入して確認してから東北の大きな砕石会社まで伸ばしていきました。砕石業以外では流通のヤマザワ様で成功導入して、このシステムは東京で遣りたいと思い秋葉原事務所へ行きました。このシステムは誰が行っても東京電力の電気料金の削減メリットが有りましたが、トーホーは山形なので信頼が無く、いなげや様を受注出来るまで1年間は掛かりました。(中小企業の開拓は何処でも大変ですが、良い製品・システムは御客様が買ってくれます。)五十嵐会長からいなげや様が受注出来なければ山形へ戻れと言われましたが、いなげや様の受注が出来て社員も増えて2フロアーになって事務所から支店に改めました。そのシステムで順調に業績も伸びて、更に平成2年より電子安定器を導入し、平成7年にオートセーバー(電圧調整器)の実用新案登録をして、札幌事務所・大阪支店・福岡事務所開設し全国に販路を伸ばしました。五十嵐会長は産機事業部を伸ばして平成3年に三重工場稼動(ロッドミル製造・販売開始)を行っておりました。その後省電力事業部と産機事業部の2事業部で売上高を27億円と伸ばし、東北砕石とトーホーを合併して上場を狙っていました。

 次の社長の思いは今期の状況と入社式と沿革の今回以降の流れを述べたいと思います。

                                                     2017.1.31 横澤 裕一

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